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小説『姑獲鳥の夏』『魍魎の匣』

先日電車に乗った時のこと。

彼氏らしき男に必死に「素晴らしい人生を送る為には弛まぬ自己研鑚を!」とか「一分一秒を無駄にしちゃいけないと思うんだよね!」とまるで宗教家のように熱弁していたOLさんがいたのですが、途中で男が降車したら徐ろに携帯でオセロゲームをプレイし出して思わず笑ってしまいました。

ああ、本文とは一切関係ないですよ。


東出さんの旧日記を読んでいて興味が沸いた京極夏彦の代表シリーズの2作を読みました。


ヤベー!!スゲー!!神作だよ神作!!

と言う気も起きないほどに打ちのめされました。フルボッコです。5回コールド負けです。

僕は……この2作について何を語ればいいんでしょうね。作中で中禅寺秋彦は憑き物落としを行っており、また同様に読者の憑き物も落とされるわけですが、より大きなものに憑かれた気がするのは僕だけなんだろうか。

『姑獲鳥の夏』文庫版、621ページ
『魍魎の匣』文庫版、1048ページ

本の厚さもかなりの物ですが内容も終始濃厚(?)なのでこの手の小説を読んだことない人がいきなり手を出すには向かないですね。(お前誰だ、って感じで恐縮ですが)

さて、さてさてさて。このシリーズの紹介記事なんてこの広いインターネット空間には山ほどあるでしょう。なのでここからは感想のみ、で。読んだことある人に伝わる感じで。では


『姑獲鳥の夏』

文庫版 姑獲鳥の夏 (講談社文庫)文庫版 姑獲鳥の夏 (講談社文庫)
(1998/09/14)
京極 夏彦

商品詳細を見る


最初に感じたことは「ググレカス」感半端ねえと。

舞台が終戦から数年後の話であって読者の常識とギャップがあるにも関わらずあえて説明せず。

『魍魎の匣』では少し優しくなっていたのでそこらへんが評価の違いに繋がった気がしないでもない。

さて、内容だけれども、正直圧倒され続けて細かい感想が出てこない。

ただ、ミステリーとしては、ミスリード・ミスディレクション(どっちが正しいのか)が本当に上手かったなと思う。

読んでて「あーつまりこういうことか。さっきのあれが伏線で」などと分かったフリをしていたらそれよりちょっとだけ意外で、ずっとずっと悲劇的な結末が待っている……。

実際最初はありえないことが起こっているにもかかわらず

「被害者の周囲にいた人間全てが共犯」

だったり
「このトリックは現代では解明出来ないので今は置いておく」
などといったとんでもないオチではなく、これ以上なく綺麗に落としてる。

まあ「それを読者が受け入れられる状態を作り上げることでトリックを成立させる」
といった意味では一緒かも知れないけども。

圧倒的な知識量と独自の解釈がトリックに収束されていく過程は本当に綺麗であり、この作品はこれ以上ないミステリー小説であると言えるんじゃないでしょうかね。

関口くんはワトソン役失格だし、身近にいても友達になりたくないし、愛されるべきキャラクターでもないけれど、でも僕は関口くんのいないこのシリーズは見たくない、そんな感じ。

中禅寺秋彦は、問答無用の探偵役でもあり、でも彼の言葉がなければ読者がトリックを許容出来ない以上やはり探偵がいるから事件が起こるとも言えるわけで。なんだかんだ誰よりも世界を愛している(気がする)彼のことが好き。

榎木津礼二郎、彼は職業探偵だけどどちらかと言うと探偵七つ道具って感じ。


全体的には、無駄がなく、関口くんの不安定さも含めて全てが作品の昇華に繋がっていたほぼ完璧な小説だったんじゃないかと。

久遠寺姉妹も存在が美しかったし、シリーズ1作目としてだけでなく、この『姑獲鳥の夏』単体でも素晴らしい作品なので是非読んでみてもらいたいなと。


『魍魎の匣』

文庫版 魍魎の匣 (講談社文庫)文庫版 魍魎の匣 (講談社文庫)
(1999/09/14)
京極 夏彦

商品詳細を見る


あれ?関口くん主役降板!?

やはり彼ではワトソン役は無理だったかー、というよりは『姑獲鳥の夏』が関口巽の物語であっただけなんだろうきっと。

これを読みたいが為に『姑獲鳥の夏』を読んだわけで、期待感で胸一杯にしながら読み始めたら……

立ち直れなくなったよorz

関口くんの感情を中心として、また悲劇の方向性は定まっていたわりとストレートな作品(?)であった『姑獲鳥の夏』と違って様々な登場人物の感情、絡み合う悲劇、絶望……それらを作品という一つの匣に無理やりかつ緻密に封じ込めた『魍魎の匣』は誰もがココロを揺さぶられるであろう怪作だった。

一見すると『姑獲鳥の夏』の方が悲劇的であるんだけれど、『姑獲鳥の夏』はその悲劇をあくまで観客として見ていられる、客観視していられるのだけれど、『魍魎の匣』は読者が観客ではいられない悲劇を客観視出来ないという点でずっと苦しい作品だと思う。

今作も前作同様(というかおそらくはこのシリーズ全体を通してなんだろうけど)作品を通して読者がその結末を許容出来る状態を作り上げていくわけだけれど、やはりその内容がキツい。

というか、この作品のテーマ?魍魎の正体とかココロが痛い。

僕も魍魎に憑かれているしきっとこの記事を読んでいる人も皆憑かれているし、というか創作物を愛している全ての人が魍魎に憑かれていると言えるわけで。

この作品は京極夏彦が僕たちにかけた呪いだ。

僕らは皆、匣なんだ……


読んでいて一番好きになったのは楠本頼子だったりする。彼女と加菜子の関係は非常に歪で、不安定で、魅力的で美しかった。彼女と母親の関係は非常に歪で、醜くて、魅力的で美しかった。

彼女も匣であり、結局人間は周囲に染められ、狂わされていく――誰も一人では生きられない、善意も悪意もぐちゃぐちゃに廻り巡って交わって、いつもどこかで悲劇が起きる、世界はそんなシステムで出来ている。

そして、生きた少女が詰まった匣、そんな物はなかなかないけど、僕らには創作物がある。僕らを彼岸へ渡らせてしまう創作物がきっとこの世界にはありふれている――この世界に生きていれば僕らという匣には色々な物が詰まっていき、変質していく、そして”それ”に出会った時、僕らは境界線を踏み越える、軽々と、意気揚々に、命がけで。

誰が悪いのか、何が悪いのか。僕らが?創作物が?創作者が?善意が?悪意が?必然が?偶然が?
きっと違う。ただこの世界が歪で醜く、でも綺麗で美しく、そして完膚なきまでに狂っているだけなんだ――

正直死にたくなる。幸福に生きる為に人間を辞めたくなる。

「どうして人は生きるのか?」という問いが「どうして人は死なないのか?」って問いに脳内変換されるようになったけど、でもそれってまだ他者の言葉が頭に届くだけ、僕はまだまだこちら側にいられるんだな、なんて思ったりして。

もうなんか面白いぐらいに頭ぐちゃぐちゃだなおい

僕が小説でこんな不安定な気持ちにさせられたのは西尾維新の『戯言シリーズ』以来なんだけど、なるほど京極夏彦を特に好きな作家の一人に挙げるだけあって、かなり影響受けてたのね。主にいーちゃんが。

面白いかって言われれば凄く面白いし、濃いかって言われれば凄く濃いけど、あまりオススメしたくない。なんというか間接的にとは言え僕のせいで自殺とかされたくないし。

この作品は決して自殺に誘導なんかしていないし、むしろこんな面白い作品があるならまた明日から頑張って生きようと思う人だって出てくると思う。でも、その凄まじいパワーが読者によってはマイナス方向に働きかねない。僕のようにな

とは言え、自分の中にある言語化出来ない感情を説明してくれることもあるので、流石憑き物落としというか、読んでみる価値があるというか読む価値しかないというか(どないやねん)

後半の僕のポエムは置いておいて、途中までの内容で興味を持ったならチェックしてみてください。

前作より人間臭くなった中禅寺秋彦と、前作より影が薄くなったのにウザさは増した関口巽にも注目。


はぁ~凄く時間かかった~。何かあったら気軽にコメントなりリプライください。特に催促してきたSさん、これで満足していただけるといいのですが。

ではでは

次作の『狂骨の夢』も長いのね。楽しみだけど
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No title

混乱っぷりが伝わってくる良い書評でした、満足です
というかそこまで精神に影響をもたらすとは予想だにしていなかったのでなんかすいませんw

彼岸に行ってしまった人に憧れを抱きつつも決して行くことはできない関口君みたいな感じで僕たちも生きていけるんじゃないですかね!(適当)

ドグラマグラ辺りの感想と間違えたのかと

とりあえずどれだけ強い衝撃を受けたのかだけは
痛いほど伝わった感想でした。

っていうか、魍魎を読んで自殺なんかされたら
きっと京極堂は怒る。
……と、思う。

No title

>須薙さん

満足してもらえて良かったです。ウケが良さそうな感じで書いた甲斐がありました(嘘

そんなこと言われたら次はドグラマグラ読みたくなってしまう

>鷹実さん

中禅寺さんは怒るでしょうねー。でも一晩経って記事読み返したらなぜだか死にたくなってきたんだけど
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